棕櫚箒職人の店・桑添勇雄商店トップページ →  棕櫚箒と棕櫚の谷


かつての棕櫚(しゅろ)の谷・和歌山県「野上谷」とその周辺地域(有田川流域地方)
棕櫚山画像  

周辺地図

桑添勇雄商店は、室町時代から栽培がはじまったといわれ、明治から昭和初期にかけて日本一の棕櫚生産地を誇った棕櫚の谷「野上谷(のかみだに)」(現・和歌山県海草郡紀美野町と海南市の一部)と有田川流域地方(現・有田川町。特に旧・清水町・金屋町の一部)の西端の集落の中にある。そこは古くからシュロ箒の生産地として知られた、箒職人が特別に多かった小さな集落だ。

「棕櫚の谷」といっても一つの大きな谷間ではなく、高低差500メートル前後の山々が連なり、小さな谷間がいくつも続く地形。そこに最盛期には全体で約1500ヘクタールもの棕櫚林が山の斜面に広がり、そのような山は「棕櫚山」とよばれた。ほぼ1メートル間隔で棕櫚が植えられていたというから、おそろしい本数だ。
現在ではそのほとんどが杉や檜に植え替えられ、棕櫚はわずかしか見られない。

(写真は棕櫚山の名残のある数少ない場所。画面中央が棕櫚の林)

野上谷と有田川流域地方は、和歌山県北部に位置し、霊場・高野山へと続く山間地にある。



(右は、上の写真の中央下部を拡大した画像。棕櫚がびっしりと植えてあるのが分かる)


棕櫚箒の原料には、このように今も残る棕櫚の木や自然に自生した木の棕櫚皮は、残念ながら、まったく使えない。

棕櫚製品を作るには、芽が出てから毎年人が手を加え世話をし、皮が痛まない工夫をこらして10年ほど育てた木の皮でなければならない。(1本のシュロの木から1年にとれるシュロ皮は、わずか10枚ほど。)毎年の手入れを怠って自然にまかせた棕櫚皮はすぐに劣化してぼろぼろになってしまう。

特に棕櫚製品の中でも、棕櫚箒の原料は特別に肉厚で幅が広く長く、光沢の美しいことが求められた。そのような原料がとれるのは、最盛期に数万本と植えられた棕櫚の木の中でもごく一部だった。

昭和30年代後半から、化学繊維の登場で棕櫚産業は衰退し、棕櫚皮の生産も終わり、他の木に植え替えられた。もともと良質な棕櫚皮は数少なかったのが、欲しくても手に入らないようになり、最後に地元産の原料を仕入れてから10年以上が経つ。現在は、支那毛と呼ばれる輸入した良質の棕櫚の皮を吟味して箒を作っている。箒の質が落ちる事を何より嫌った桑添夫妻が、この支那毛で良質の箒を作る為の工夫を重ね、昔とほとんど変わらない品質の箒を作り出し今に至る。

シュロ山拡大画像
トップページへ 棕櫚箒と棕櫚の谷 桑添勇雄商店について 箒のお手入れ・保管 価格・納期・注文・問合せ 保証と修理について
棕櫚箒・自社商品一覧 棕櫚 鬼毛箒(おにけほうき) 棕櫚 皮箒(かわほうき) 棕櫚 小箒・荒神箒(こうじんほうき) よくあるご質問 (Q&A)
工房住所 : 〒640-1131 和歌山県海草郡紀美野町動木1678 特定商取引に関する表示  
掲載のシュロほうきに関するお問い合わせ・ご注文は、EメールまたはFAXで、担当:西尾までお送りくださいますよう、ご協力お願いいたします
問合・受付  E-mail : info@shurohouki.com   問合FAX : 073-494-8809   問合TEL : 073-494-8808 (担当:西尾)  祝日・年末年始等の工房の休日を除く 月〜土 9:30 -18:00
Copyrigh c 2007-2009 Isao Kuwazoe & Kaori Nishio. All Rights Reserved.  当サイト内の画像・文章、他すべ ての情報は、法律により保護されています。法律により許可されている場合を除き、すべての情報の無断転載はご遠慮ください。